2013年10月1日に古河スカイ株式会社と住友軽金属工業株式会社が経営統合し、アルミニウム総合メーカー、株式会社UACJが誕生しました。
アルミワールドでは、旧住友軽金属を代表する光輝アルミ合金板、高光沢アルミ合金板、高強度アルミ合金板、
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すみだ北斎美術館外観

故郷に還った名画たち
すみだ北斎美術館

…壁面を美しく装うアルミニウム…

両国国技館や江戸東京博物館など横綱級の観光スポットが並ぶ両国の新名所が、葛飾北斎の作品約1800点を収蔵する「すみだ北斎美術館」。2016年11月22日、JR総武線と並行して走る北斎通り商店街中ほどの緑町公園にオープンしました。生涯で93回引っ越しをしたと伝えられる北斎ですが、そのほとんどは現在の墨田区内。北斎通りを挟んだ美術館の斜向かいには、「葛飾北斎生誕地」と記された木札が立っています。そんな北斎ゆかりの地に建つ「すみだ北斎美術館」は、微妙な傾斜をつけたメタリックな壁面と外周に施された鋭角的なスリットが印象的な近未来風のデザイン。実はアルミニウムとも浅からぬ縁があるのです。

天才絵師の足跡を辿る展示
間近に見る描線の美しさに感動

常設展示スペース 常設展示スペースでは一部の作品を除いて撮影OKです(ストロボは使えません)。写真は、「赤富士」としても知られる『冨嶽三十六景 凱風快晴』

荒海の咆哮のような波頭とその彼方に悠然として立つ富士をモチーフに、動と静との一瞬の交錯を鮮やかに切り取った『冨嶽三十六景 神奈川沖波裏』。鰯雲が広がる朝の空を背景に、山肌を赤く染めた富士山を描く『凱風快晴』。そして「HOKUSAI SKETCH」として広く海外でも親しまれる『北斎漫画』などなど。絵画史に残る数多くの傑作を描いた葛飾北斎は、1760(宝暦10)年、当時の江戸は本所割下水(現在の墨田区亀沢の通称「北斎通り」付近)で生まれました。「森羅万象を描く絵師」と呼ばれ、数え90歳で没するまで3万点を超える作品を描いたとされる北斎。生涯を通じて彼の画風は、一人の絵師が描いたとは思えないほど多様に変化を遂げ続けたそうです。狩野派や土佐派などの日本画はもとより、江戸琳派の装飾技法、中国絵や西洋画からも画法を吸収し、自らのものへと洗練させた当代の前衛絵師。その大胆な構図法や色遣いは、モネ、ゴッホ、セザンヌなど印象派の画家たちだけでなく、ドビュッシーの音楽作品(交響詩『海』)やガレのガラス工芸品にも大きな影響を与えたといわれています。

すみだ北斎美術館(以下、北斎美術館)4階の常設展示は、そうした北斎の代表作(実物大の高精密レプリカ)の数々を年代に沿って鑑賞できます。19歳で役者似顔絵の創始者である勝川春章門下となった習作時代。初めて「北斎」の号を用い、墨の濃淡を利用した独特の陰影描写と奥行きある空間表現を確立した読本時代。定規と「ぶんまわし(コンパス)」を使った描き方指南書や図案集を多数手がけた絵手本の時代。そして、70代にして浮世絵に風景画の新ジャンルを拓いた『冨嶽三十六景』の錦絵(多色摺り木版画)時代と、和漢の故事や宗教に精力的に画題を求めた晩年に至る肉筆画時代。いずれの時代の作品も、それが略画と名がつくものでも、丁寧で精緻な描写に驚かされます。 北斎といえば奇抜で大胆な構図といったステレオタイプな鑑賞で終わりがちな私でしたが、眼前の作品をつぶさに眺めてみると、それぞれの描線の美しさ――クロッキー風の描写や『漫画』に登場する人物のヘン顔であっても――に感動さえ覚えました。微妙な筆遣いで描き分けられた輪郭線の濃淡や幅の違い。画中の人物や習俗からは、たしかな体温や手触りをもって立ちあがってきそうな立体感と臨場感が伝わってくるのでした。

派手なエピソードと質素な日常
引っ越し魔にも納得(?)の理由

風景画や美人画、役者絵に相撲画、花鳥や鳥羽絵、春画に仏画に妖怪画などあらゆるジャンルに作品を残し、屏風や襖や天井、扇子や団扇や灯篭にも。およそ描けるものすべてに描いたといわれる北斎。しかも「失敗作がひとつもない」と称賛された実力者だけに、彼の評伝には痛快なエピソードが数々記されています。たとえば……北斎の評判を耳にした徳川十一代将軍の家斉に所望され「花鳥山水」を描いた際、描き終えたと思いきや鶏の足裏に朱肉をつけて絵の上を歩かせたのだとか。鶏がつけた朱色の足跡を紅葉に見立て、一礼してその場を去ったというから千両役者の風格です。 江戸音羽の護国寺や名古屋本願寺別院では、百二十畳分の紙一面に大筆で達磨大師の絵を描いたことも。予告のチラシも配布していたといいますから、エンターティナーの才もあったのでしょう。護国寺でのパフォーマンス後には、米粒に2羽の雀を描く余興もやってのけたそうです。

北斎84歳のころの住まい兼アトリエ 北斎84歳のころの住まい兼アトリエ@榛馬場(はんのきばば。現在の両国4丁目あたり)。門人の露木為一が遺した『北斎仮宅之図』をもとに等身大の模型で再現されています。北斎の三女である阿栄は、葛飾応為(おうい)の筆名をもつ優れた絵師でもありました。現存する数少ない彼女の作品はいずれも高い評価を得ていますが、なかでも夜の吉原の光と影を妖しく艶やかに描いた『吉原格子先之図』は、見る人に圧倒的な印象を残す傑作です。

そんなハイパーアーティストだからこそ、というべきか、北斎の私生活は作画三昧。衣にも住にも、金銭にもまるで無頓着な暮らしぶりだったといいます。北斎美術館の常設展示スペースには、84歳の北斎が娘の阿栄とともに過ごしたアトリエ――質素な長屋のひと間の様子が、門人のスケッチをもとに再現されています。炬燵布団に半身を潜らせて筆を使う北斎と、煙管片手に見守る阿栄。精巧に作られた人形が小さく筆を動かすさまが妙にリアルなのですが、部屋の隅に丸めて捨てられ放題の書き損じがそれ以上にリアル。北斎が93回も引っ越ししたのは、作画に熱中するあまり部屋が汚れるたびに住み変えていたからとの説にも納得してしまいます。そのアトリエに面して飾られた常設展示最後の作品は『富士越龍図』。生涯のモチーフとした富士山を巡る黒雲の中を、一匹の龍が天へと昇って行くさまが描かれています。龍の姿に自らを投影したかのような、北斎最晩年の作品です。 北斎が世を去ったのは嘉永2(1849)年。黒船の来航はそれから4年後のことです。もし、北斎があと5年長生きしていたら、歴史の転換期を彼はどのように描いたのか。興味は尽きません。辞世の句は

人魂で 行く気散じや 夏野原

「ひとだまにでもなって、夏の野原に気晴らしに行こうか」といった感じ。飄々として洒脱、いかにも北斎らしい句です。

美術館の核となるコレクション
100余年ぶりに発見された絵巻も

常設展入口 常設展入口に掲げられるのは、北斎86歳の肉筆画『須佐之男命厄神退治之図(すさのおのみことやくじんたいじのず)』。須佐之男命の前に跪く厄神たちの様子が横2.76メートル、縦1.26メートルの大絵馬に描かれています。関東大震災で焼失しましたが、明治時代の美術誌に掲載されていた白黒写真をもとにおよそ100年ぶりに復活。最先端のデジタルアーカイブ技術や伝統の修復技術、美術史の知見を駆使した復元の過程は、NHKの特番でも紹介されました。

北斎美術館の特筆すべき作品群のひとつが、世界有数の北斎研究者でありコレクターだった故ピーター・モース氏のコレクション。氏が所有していた600点近い作品や3000点に及ぶ蔵書や研究資料を墨田区が一括購入したもので、北斎のコレクションとしては世界最大級とされています。数点しかない初摺りの『冨嶽三十六景』の保存状態もきわめて良好。さらに、日本の北斎研究の第一人者であった楢崎宗重氏から寄贈されたコレクション、そして、墨田区が独自に収集を続けてきた作品群が北斎美術館の基盤となっています。

同美術館のこけら落としとなった最初の企画展(2016年11月22日~2017年1月15日まで開催)のテーマは「北斎の帰還」でした。「帰還」には2つの意味があるそうで、まず企画展最大の呼び物、幻の絵巻とも称された『隅田川両岸景色図巻』が百余年ぶりに再発見され日本に里帰りしたこと。そして、世界各地に散逸していた数多くの名品が北斎の故郷「すみだ」に再び集まり、広く公開されることに対する祝意が込められています。ちなみに、『隅田川両岸景色図巻』は長さ7メートルを超える北斎最長最大級の絵巻物。両国橋あたりから溯り、柳橋、浅草、日本堤を経て吉原界隈に至る隅田川両岸の風景や川面の表情が詩情豊かに描写されています。終盤には吉原での遊興の様子がこまやかな筆使いで描かれており、こちらも見応え十分でした。

隅田川両岸景色図鑑 『隅田川両岸景色図巻』手前が両国橋側

すみだ北斎美術館外観

少し離れた場所に立つと、四角柱と三角錐を組み合わせたように見える北斎美術館。設計は「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞を2010年に受賞した妹島和世氏が担当しました。同美術館のHPに記されたコンセプト「周辺の公園や地域と一体となった、人々が気軽に訪れることのできる美術館」のとおり、建物全体を分割するスリットはエントランスに続くアプローチ空間。建物に裏面をつくることなく、4面どこからでも出入りできる仕掛けです。

そして、印象的なモノトーンの外装を特徴づけているのが、加工性と耐食性に優れたUACJの光輝アルミ合金。淡い鏡面処理が生み出すやわらかな光沢と角度によってゆるやかに変化する映り込みにより、建物全体を周囲の景観に違和感なく調和させています。アルミパネルの使用にあたっては、近隣への反射も十二分に配慮されました。施工を担当した大林組は見本となるモックアップを作成。各方角に設置して反射度を検証し、それぞれの輝度を調整したといいます。 北斎美術館の外観について、本稿のリードに「メタリックで近未来的」と書きました。一見、浮世絵とミスマッチにも思えるソリッドなデザインですが、進取の精神の塊のような北斎にはむしろふさわしいように思えます。北斎の故郷で出逢った江戸と現代の前衛。不思議な縁があるのかもしれません。

UACJの光輝アルミ合金が使用されています

輝くシルバーの美しい外壁のすみだ北斎美術館ですが、UACJの開発した光輝アルミ合金というデザイン性に優れた特殊なアルミ材料が使用されています。 この材質は、高いデザイン性を誇るIT機器の筐体に採用されている最高級なアルミ合金で、世界的に有名な美術館での採用も検討された経緯があります。今回のすみだ北斎美術館ではじめて建築用として採用されました。 アルミの表面には、反射を抑えるための特殊な処理や、入念なアルマイト処理が施され、街のレガシーとしての美しさを永年にわたり保ちます。

取材撮影:片田晴也、文:武田光知、デザイン:早野堅太郎